愛し君に花の名を捧ぐ
 翌日。颯璉に急かされ、取るものも取りあえず向かった殿舎に到着したリーリュアは言葉をなくした。思悠宮の倍はありそうな大きさはもちろんのこと、絢爛な内外装は正殿と見間違えそうだ。

 螺鈿をあしらった卓と椅子。色とりどりの玻璃が模様を造る衝立。蔓草を図案化した敷物は、踏むのを躊躇うほど精緻に織られている。大きな空間を仕切る薄布が、微風に揺れる。
 錦の寝具が用意された寝台は、いままでよりもずっと広く天井から下がる紗幕で目隠しがされていた。

 調度だけではない。昨日の今日でどのように用意したのか、衣装や装飾品も十分に揃えられており、目にも鮮やかな衣が広げられた室内は、さながら尚服局のようである。

「全部に袖を通してもひと月以上かかりそうね」

 侍女の数もずっと増え、皆が忙しそうに動いている中で、ひとりなにもできず……というよりさせてもらえずにいるリーリュアは暇を持て余してしていた。

 邪魔にならないよう散歩でもと庭に降りた途端、殿舎を囲むように何人も配備された衛士がすかさずついてくる。こんな調子では気分転換にはならない。


 そんな生活を数日も過ごせば、これなら雨漏りがしようが思悠宮のほうがまだ気楽でよかった、とさえ感じてしまっていた。

「丁遥《ていよう》様からです」

 入れ物だけでも十分美術品に匹敵する箱が届けられる。聞いたこともない名の者から贈られたのは、翡翠でできた酒盃だ。
 ほかにも絹地や釵、壺、葆らしいともいえる筆や硯などが、この殿に遷った日を境に、続々とリーリュアの元へ届くようになった。


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