愛し君に花の名を捧ぐ
第六章 命名
◇ ◇ ◇

 思悠宮付近で落雷があったと聞き、急いで向かおうとする苑輝を博全が呼び止めた。

「実は、屋根の修繕に関して、各処での話の齟齬がみつかりまして。些細なことかもしれませんが、念のためご報告をさせていただきたいのですが……」

「長い前置きはいらない。単刀直入に申せ」

 気は皇宮の奥へと走り出しそうな苑輝が、苛立ちを隠さずに命じる。

「では。西姫様のお部屋の上の瓦は、人為的に壊されていたようです」

 苑輝は博全が話した内容の理解に悩む。思わず、訝しげに訊ねてしまった。

「そんなことをして、なんの得がある?」

 痛むのは修繕の出費くらいだ。あとは、雨漏りがすればリーリュアは少々困る。それも直してしまえば済むことである。

「目的として考えられることは、西姫様に迷惑をかけることでしょうか。現に、思悠宮から内侍、工部への連絡が円滑に成されていませんでした。さらに、工部でも保留案件として処理されていたのを剛燕が確認しています」

 そのために修繕が遅れていたのだ。しかし余計に苑輝には目的がわからず困惑する。

「だれがそのような嫌がらせをしたのだ」

「方颯璉に訊いたところによると、屋根に登ったことが確実なのは丹紅珠という侍女です。内侍省への修理依頼が遅れた理由を問い質したところ「忙しくて忘れていた」と応えたそうです」

 たしかにあの少ない使用人の数では、日々の仕事で手一杯になることもあるだろう。第一、紅珠がリーリュアになんの恨みがあるのか、苑輝には皆目見当もつかない。

「ですから、もうひとつの件との関連性はわかりませんが……」

 まだ何かあるのか、と眉を跳ね上げた。

「思悠宮近くの草むらで、不審なネズミの死骸が複数見つかったそうです。どうやらなにかの毒に殺《や》られたようだと」

「それを先に言えっ!」

 瓶子を倒す勢いで立ち上がった苑輝は、嵐の中、思悠宮へ向かったのである。

< 64 / 86 >

この作品をシェア

pagetop