愛し君に花の名を捧ぐ
 苑輝の顔が苦悩に歪む。

「百合。そなたには申し訳ないが、それはできない。もしどうしても子を望むなら……」

「わたくしはあなたの子が欲しいのです! わたくしの子ではありません」

 いまにも離別を言い出しそうな苑輝を遮り、リーリュアは自分の想いを告げるが、その真意は伝わらなかったようだ。苑輝は困惑げに眼を細める。

「人には受け継ぐ血で決まるものと、そうでないものがあります。わたくしは、あなたの血だけではなくて、志を継ぐ者を育てたいのです」

 いつもリーリュアを、壊れ物のように優しく愛撫する温かく大きな手。それを小さな両手を使ってしっかり包む。

「もし誤りそうになったら、あなた自身が正しい道へこの手で導けば良いのです。苑輝様にはそれができるはず」

「もし私自身が道を踏み外したら? 私がいなくなったあとはどうする」

 力の入っていない苑輝の手を引き寄せ、リーリュアは自信を持って微笑む。

「その心配は不要です。この手は絶対に離したりしませんから。それに、手を引いてくれるのはわたくしだけではないでしょう? 李家の父子も劉剛燕も、苑輝様の周りにはたくさんの手があるではありませんか。その子どもたちもきっと、同じように御子を導いてくれます」

 言い切ったリーリュアの手の中で、苑輝が拳を握る。反対に、ふっと肩からは力が抜けたのがわかった。辛そうに堅く結ばれていた口元にも微かな笑みが浮かぶ。

「……百合のその自信の根拠はどこからくるのか」

 呆れたようにも聞こえる声音に、リーリュアは長椅子の上で背筋を伸ばし得意げに胸を反らした。

「だって苑輝様は、わたくしが夫に選んだ方です……からっ!?」

 唐突に視線が変わる。身体が持ち上がり、リーリュアは自分が苑輝に抱え上げられたことを知った。

 苑輝はそのまま寝台に運んだリーリュアを横たえると、扇状に広がる金色の髪を丁寧に指で梳く。

「ならば私は、そなたの想いを継ぐ者が欲しい。私が望んだ、ただひとりの妻との愛の証が」

 解き放たれた熱を帯びた瞳で見つめられれば、そこから火が点いたように身体が熱くなる。続けて落とされた口づけに、リーリュアは内側から蕩けさせられ、胸が苦しいほどの幸せで満たされた。

「……異存はないな?」

 ほんの一時唇を離す合間に尋ねられる。そう問いながらも、苑輝の片手は帯の結び目にかかり、衣擦れの音を微かにさせて解いていく。

「……あ、り、ます」

 苦しい息の下でリーリュアが振り絞った声は、自身でも信じられないほど甘く掠れた。

「明日は、廟に……」

「心配するな。行き帰りの輿の中で眠るがいい」

 一度灯ってしまった恋情の炎は、消えることを知らずに燃え続けた。

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