愛し君に花の名を捧ぐ
『リーリュア様!?』

 本人は変装したつもりなのだろう。宮女の衣に身を包み、頭に薄布を被せて目立つ髪を隠したリーリュアが、息せき切って駆けてくる。あまりの勢いに輝く金色の髪は背で大きく揺れ、はためく布はまったく意味を成していない。
 終いには途中で落ちてしまったそれを苦笑しつつ拾ったのは、なんと皇帝陛下だ。

「やっとお出ましか」

 にやにや笑いの剛燕を、キールが睨みつける。どんな顔を合わせていいのかわからない。

「黙って帰るつもりだったの? お礼とお別れくらい言わせてちょうだい」

 リーリュアはすでに涙目になっている。だから、そっと帰ろうとしたのに。キールは肩をすくめてみせた。

「これでもオレは罪人ですからね。皇帝陛下ご夫妻に見送っていただけるような者じゃありません」

 リーリュアの隣に立つ苑輝が、申し訳なさそう眉根を寄せる。その顔には疲労の色が濃い。

 今回の件で芋づる式に暴かれた不正は思いのほか根が深く、各処はいまだ対応に追われる日々が続いている。むろん、苑輝も例外ではなかった。

「すまない。あれだけの大事になってしまっては、無罪放免というわけには……」

「わかってます。むしろ、寛大なお沙汰に感謝しているくらいです」

 西妃暗殺未遂の真犯人である崔次官に下された刑を思えば、こうして自分の脚で葆を出ていくことができるのは奇跡なくらいだ。

 丹家の者たちは身分を賤人に落とされた。紅珠の弟の士官はもう叶わないだろう。それでも連座での死罪を免れたのは、紅珠がリーリュアを刺そうとしていた針からは、毒が検出されなかったためだ。
 そして、殺されかけたリーリュア自身が減刑を訴えたこともある。

 紅珠の死後、彼女の持ち物からも様々な証拠がみつかった。食事に混ぜるようにと渡された毒物や贈り物に仕込まれていた呪具などを密かに処分していたことを知り、リーリュアはまた、声が枯れるほど泣いたという。

 そんなに甘いことで、大国の皇后など務まるのかとキールは心配になるのだが……。

 苑輝が拾った薄布をリーリュアの肩にかけ、「寒くはないか」「大丈夫です、陛下こそ」などとじゃれている姿を目の当たりにすれば、それも余計なお世話なのかと思い直す。

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