愛し君に花の名を捧ぐ
 キールは剛燕に耳打ちした。

「おっさんがオレを従者にしたのって、陛下を焚き付けるためだったんだろう?」

 剛燕はなにも言わずに、にいっとヒゲと一緒に片側の口角を上げてみせる。

 純情を大人たちにいいように弄ばれたキールは、「陛下」と苑輝に対峙した。

「僭越ながら。オレとひとつだけ約束してください。――この先、リーリュア様だけを愛すると」

「キ、キール? あなた、なにを……」

 妙なことを言いだした幼馴染みに慌てふためくリーリュアを、苑輝が腰を抱いて引き寄せる。 

「もし破ったら?」

「そのときは返してもらいます。無理矢理に手を引っ張ってでも」

 三度目は、ない。キールの真剣な眼差し受け、眩しげに目を細めてから、苑輝は不敵に口角を上げる。

「残念だが、この手は私が離してもらえないのだそうだ。それに、妻は生涯、百合ただひとりきりと決めている」

 誓いを込め、苑輝はリーリュアの手に口づけた。途端、リーリュアの顔がみるみるうちに朱に染まっていく。

「陛下も容赦ねえなあ」

 楽しげな剛燕の声が、キールの心に残っていたキラキラした欠片を吹き飛ばした。

「じゃあ、そろそろ帰ります。みなさんどうか、お元気で」

 すっきりした気持ちになり、最後に教えてもらった拱手で辞去の礼をする。長旅に備えて剛燕が用意してくれた、旅荷を積んだ馬の手綱を引いた。

『キール!』

 リーリュアが数歩、後を追いかけてきた。ゆっくり振り返り笑顔を向ける。

『いままでありがとう。長い間ご苦労様でした。――どうか、元気で』

 微笑む彼女の瞳に涙はない。この国で皇后として生きていく覚悟が、本当にできたのだと悟った。

『リーリュア様も、末永くお幸せに』

 キールはもう、一度も振り返ることはなかった。
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