冷徹ドクター 秘密の独占愛
「覚えてます。あの時、初めて見たんです、歯牙移植」
実習に出てから初めて見る症例で、提出する症例記録に残そうと真剣に見学した記憶が残っている。
他のドクターに比べて手際が良く、鮮やかな術式に目を奪われた。
あれはやっぱり、律己先生だったんだ……。
「術式を詳しく教えてほしいと言われたから、実習後にと約束してたのに、お前は無断で実習を抜け出したようだったな」
「あ……だから歓迎会の時、またバックれるのかって聞いたんですか?」
その返事の代わりに、律己先生は仕方なさそうにフッと笑う。
「資料まで用意して、教えてやろうと思ってたんだぞ」と言い、私の眉間を人差し指でツンと押した。
「そう、だったんですか……すみませんでした。あ、でも、あの時、治療が早くて丁寧で、学生ながら凄いって思いました。こんな先生のアシストができるようになりたいって、もっと頑張ろうって」
「そんなようなことを言われたの……今も覚えている」
「……?」
「俺みたいな人間を見て、もっと頑張りますなんて……そんなこと言う奴いなかった」
目を伏せた律己先生は何かを思い出すようにそう呟いた。
どこか憂いを帯びた表情に吸い込まれるように見入ってしまう。
何を思ってそんな顔をするのか、私には知らないことが多すぎる。
掛ける言葉が見つからないでいる私へと、再び律己先生の顔が向いた。
「何故かはわからない。でも、救われた気がしたんだ……あの時、よく知らない実習生のお前に」
「え……?」
「俺も……もっと前向きになろうって、浅木を見て思わされた」