冷徹ドクター 秘密の独占愛



予想通り、診療開始から衛生士枠の患者さんで朝一から手が開く時間は全くなかった。

元々の予約に加え、初診の基本検査なんかも入ってきたから、トイレにちょっと抜ける時間すらなかったくらいだ。


十二時から予約の患者さんが少し遅れると連絡を入れてきたことを知らされ、いそいそとトイレへと席を外す。

技工室手前にある従業員用のお手洗いから出てきたところで、診療室に通じるドアがバタンと閉まった音が聞こえた。

そして、誰かの足音が近付いてくる。

突き当たりの廊下の角を曲がって現れたのは、石膏模型を手にした律己先生だった。

診療室に向かいかけた足が思わず止まる。

律己先生は私の目の前までやってくると、足を止めて口元のマスクをずらした。


「今朝はタクシーで出勤したか」


二人きりの廊下でそんな声を掛けられ、律己先生との近付いた距離を再確認する。

「はい、ありがとうございます」と答えた私に、律己先生はホッとしたような微笑を浮かべた。

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