溺愛スイートライフ~御曹司に甘く迫られてます~


 電話を切った花梨は、マシンルームを出て先ほどまで開いていた設計書を確認した。作りかけの設計書には全処理の目次はあるものの、中身が空っぽの部分が多くある。藁にもすがる思いで月次確定処理の項目を開いてみたが、案の定空っぽだった。
 問い合わせの多い処理を優先して作成しているので、ボタンをクリックするだけの確定処理は問い合わせなどあったことがない。

 システムが運用を開始した当初に客先に配られた操作マニュアルには取り消し不可の注意書きが書かれている。だが、操作マニュアルなので、それによってシステム内部で何が起こっているのかまでは書かれていない。

 けれど花梨がプログラムを解析するのは時間がかかりすぎる。一番プログラムの内容を理解しているのは、ソフトメンテナンス担当の野口くんだが、彼は今日熱を出して寝込んでいる。となると、残るは新條だ。

 用事があると退社した者に連絡するのはどうかとも思うが、自分ひとりではどうしようもないし、他に頼る人もいない。
 花梨は机の上に置いたスマホで新條を呼び出した。
 少しして新條が応答する。なんか周りがうるさい。電車の中?

「ごめん。電車の中だった?」
「あぁ、新幹線のデッキだから大丈夫」
「へ? どこ行ってたの?」
「東京。創立記念式くらい顔出せって親がうるさくってさ。オレ、社員でもないのに」

 やっぱり、東京の会社の御曹司確定か。いやいやいや、そんなことより!

「あのね。ちょっと教えて欲しいんだけど……」

 花梨は問い合わせ電話の内容を新條に説明した。


「確定処理ってカレンダーテーブルにフラグ立ててるだけ? だったら、テーブルを直接いじってフラグを倒せばいいの?」
「いや。別システムへの連携用になんか色々テーブル更新してたはず」
「色々って……」

 目の前が真っ暗になったような気がした。新條にも確定処理の詳しい内容はわかっていないようだ。
 給与支給日まであと二日。それまでに確定処理を解析してデータを復旧させるのは至難の業のように思える。
 花梨がすっかり絶望しているというのに、新條は軽く言い放った。

「まぁ、確定処理が何やってるかはとりあえずどうでもいいから、力業でなんとかしよう」
「どうやって?」
「まずは、お客様に明日の始業時間までシステムを触らないようにと、最悪今日の朝の状態まで戻ることを伝えておいて。あと確定処理を行った時間聞いて」
「うん」
「あと一時間くらいでそっちに行けるから、花梨は岡山のシステムデータ全体をバックアップ取ってテスト系に入れといて」
「わかった」

 電話を終えた花梨は、早速岡山支店の担当者に連絡する。新條が何をしようとしているのかは今ひとつわからないが、言われたとおりにシステムデータのバックアップを開始した。



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