気まぐれな君は


「言葉通りの意味だけど、猫には九つの命がある、っていう話。……あれは、ただの言い伝えなんかじゃないんだ。本当のことなんだ」


九つのいのち。でも、それだけではねこだった真空が、人間になった理由には。


「それから、元犬、って落語の噺を知ってる?」


これには全員が首を振って否定する。全部は関係ないから省くけど、と前置きをして、真空がまた説明を入れてくれた。


「白犬は人間に近いというから、来世は人間に生まれ変わるだろうって言われる犬の話。……これは犬に限った話じゃない。猫も同じで、ただのお話じゃない、本当の話」


猫に九生。元犬。────それって、


「ぼくたちねこは、九回目の『人生』で、にんげんに生まれ変わることになる」


ずっと羨ましかったんだと言った、真空の笑顔を思い出した。


「ぼくたちは、にんげんのことばの意味を理解することはできた。でも、ぼくたちはにんげんのことばなんて話せないし、にんげんたちもぼくたちのことばは分からない。真空だった頃から、ぼくはずっとおにいちゃんたちの名前を呼びたくて仕方なかった。名前を呼んでるぼくに、気付いて欲しかった。にんげんが羨ましかった。ぼくだってにんげんみたいに、長い長い時間を同じにんげんとして生きてみたいと、ずっと思ってた」


だから、と真空が笑う。にんげんになれたって分かったとき、すごく嬉しかったんだ、と。


「すばるおにいちゃんやあいりに逢いたかった。でも、そう簡単じゃないことも、ちゃんと分かってた。それに、元々ねこの頃からも身体は弱かったけど、にんげんになってもそれは変わらなかったから、半分以上諦めてた。……入学式で、雫と逢うまでは」


ふっと、首筋に笑い声がかかる。くすぐったくて身を捩るが、真空が離してくれる様子はない。


「絶対にあいりの子だって分かった。最初は、だから仲良くなろうと思って、あわよくばあいりやすばるおにいちゃんに逢わせてもらおうと思ってて……そしたら、気付いたら雫のこと、愛してたんだ」


誰も何も言わない空間。淡々と響くのは、真空の声だけ。


「確かにぼくはもとはねこで、すばるおにいちゃんに飼われていた真空であり真白。でも、俺は自分の意思で、雫を好きになった。あいりの娘とかすばるおにいちゃんの姪っ子とか、関係ない。だから、安心してよ、雫」


辛うじてその言葉に大丈夫と返す。まだ、完全には理解できていない。そもそも、完全に理解なんて出来ないかもしれない、けれど。


本当のことなんだと、何の疑いもなく漠然と信じる自分がいた。すんなりと、真空がねこであったことを受け入れた。


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