ヒステリックラバー
私はコピーをとるために立ち上がった。厚い書類をよこした本人は駅にあるカフェのロゴ入り紙カップに入ったコーヒーを飲んで呑気にスマートフォンを弄っている。
山本さんも社内で有望の営業の1人。武藤さんと同期で営業1課の課長だ。そのせいか武藤さんと常に仕事を競い合っている。武藤さんと山本さんのどちらが先に営業部次長になるかを他の社員は話題にしている。
山本さんの指示通り契約書を複数コピーし、『コピー』の文字の赤いスタンプを右上に押すと部長のデスクの上に置いた。そうしてやっと私も退社することができた。
◇◇◇◇◇
昨夜は結局正広は会社に泊まることになり会うことができなかった。仕方がないとはいえすれ違う生活は悲しい。
出社してホールでエレベーターを待っていると、「戸田さん」と声をかけられた。その声に恐る恐る顔を向けると思った通り武藤さんがビルの扉からこちらに向かってくる。
「おはようございます」
「おはよう……ございます……」
武藤さんは今までで一番自然な態度で挨拶をしてきた。この間まで無視していたはずの武藤さんとは別人のようだ。
「昨日はありがとうございました」
「いえ、気にしないでください……」
「お礼がしたいので今夜あいていますか?」
「え?」
「お食事でも……いかがですか?」
「私と……ですか?」
「はい。都合悪いでしょうか?」
「…………」
返答に困ってしまった。
武藤さんに誘われるとは思わなかった。何かを企んでいるのではとさえ思えてくる。私に借りを作るのが嫌なのだろうか。
私より20センチ近く背の高い武藤さんを見上げると困ったような笑顔を見せる。まるで嫌々誘っているかのようだ。