ヒステリックラバー
「すみません、酔ったのでもう部屋に戻ります……」
「ああ、はい……」
武藤さんを引き留める者はいなかった。ふらつく足取りで宴会場を出ていく武藤さんを私は混乱しながら見つめていた。
「武藤さん、あれ相当酔ってますよ」
武藤さんと付き合いの長い田中さんですら武藤さんの様子に驚いていた。
いつの間にか宴会場から人が減り始め、私も田中さんら同僚とお風呂に入り直し、卓球をするという同僚と別れて自分の部屋に戻るところだった。
正広に社員旅行に来ている感想をLINEで送る。すぐには既読にならないことも慣れきってしまった。
思えば最近正広の方からLINEを送ってくることは減っていた。今までも何か用がなければ連絡を取らないでいたけれど、それは恋人同士と言えるのかという考えを振り払うことが日常になってきている。今が良い状況じゃないこともわかっていた。けれどどうしたらいいのかもわからない。
手に持ったバッグにスマートフォンを入れると自動販売機が視界に入った。お茶でも買って戻ろうと思い近づくと、自動販売機の奥から手が出てきて驚いて動きが止まった。旅館の誰もいない廊下で突然見えた手に寒気がした。
大丈夫、ここは『出る』旅館じゃないもの。
自動販売機の奥の手が引っ込んだのを確認したので恐る恐る近づくと、見覚えのある男性が自動販売機に寄りかかって座っていた。Yシャツに濃紺のネクタイをした男性は武藤さんだった。
「武藤さん?」