ヒステリックラバー

「はい。いつもの武藤さんよりもよっぽどいいと思います」

少し嫌みを込めてしまったことを武藤さんは気づいただろうか。だって目も合わせない、会話もままならないで私は傷ついていた。自分が武藤さんにこんな態度をとられる理由がわからなくて不快だったことを反省してほしかった。

「あ、ここですね。武藤さん鍵ありますか?」

306号室の前に着くと武藤さんは私の肩に載せた腕を下ろしポケットに手を入れルームキーを取り出した。
焦点の合わない目付きの武藤さんでは鍵穴になかなか差し込めず、持っていたペットボトルも床に落としてしまった。私が呆れてペットボトルを拾い「貸してください」とルームキーを武藤さんの手から取り鍵穴に差し込んだ。
ドアを開けてそのまま部屋に入ろうとする武藤さんの腕をつかみ「靴脱いでください」と声をかけた。

「ふふっ」

思わず私は笑ってしまった。いつもは冷静で完璧に仕事をこなす武藤さんに靴を脱いでと言う自分がおかしかったのだ。
笑い声に武藤さんは振り返って私をじっと見た。部屋の中は暗く、まだ同室の同僚は戻ってきていないようだ。
私は「おやすみなさい」と言って部屋を出ていこうとした。そうして武藤さんに背を向けると突然後ろから抱き締められた。

「え?」

驚いて武藤さんの体を引き剥がすつもりで振り向くと、その勢いで体から武藤さんの腕が離れた。かと思えば武藤さんは私の体の左右に両腕を突き出してドアに手を付いた。顔を私の肩に押し付けたから身動きがとれなくなって体が震えた。背中はドアに、前は武藤さんの体と、左右を武藤さんの腕で遮られては逃げ場がない。

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