ヒステリックラバー

営業会議で4月からの人事異動で武藤さんが営業部の次長になると発表された。
山本さんは武藤さんが上司になるなんてと悔しがったけれど、同時に武藤さんに「よかったな」と言葉を向けた。

日頃の武藤さんの態度から次長に昇進するのは当然で喜ばしいことだという空気になったけれど、私はこの会議の場で武藤さんにされたことを訴えようとした。
けれど、他の社員の顔を見ると何をどう言えばいいのか言葉に詰まった。セクハラだと声をあげることはできてもあの夜の目撃者はいないし、武藤さんは酔っていたけれど私も全く素面なわけではなかった。証拠の首の痕はもう証明できない。部長や他の社員に言ったところで信じてもらえるとは限らない。

どうしよう、どうしたらいいのだと数日迷っているうちにどんどん精神的に疲弊していった。

あれだけ声が聞きたいと望んだのに今は正広の顔も見れそうにない。他の男にキスされたなんて正広に言ったらどうなるのか想像したくもない。今の微妙な関係だって悪い方向に進んでしまうかもしれない。だって私の電話に折り返してくれたのは次の日の夜だったのだから。その電話も素っ気ない声で仕事の状況報告をして終わってしまった。

「仕事忙しいんだね」

「うん……」

「時間あったらご飯でも行こうね。ほら、前に誘ってくれたじゃん?」

「ああ……」

「楽しみにしてるから」

「そうだね。調整するよ」

名残惜しさを感じさせずに通話が切れても私はしばらくスマートフォンを耳に当てていた。

壊れてしまう予感はしていた。今の自分も、正広との関係も。
どうしたら回復できるのかどんなに考えても答えは出なかった。



◇◇◇◇◇



3月になると春イベントがたくさん控えている。
山本さんは一足早く提案書の作成や打ち合わせで忙しそうにしているけれど、異動を控えた私はもう書類の作成と引き継ぎ書の作成しか任されないので定時で帰れるようになった。

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