ヒステリックラバー
「あ、ありがとうございます……」
今までの武藤さんは私に話しかけてくることすらあり得なかった。本当に、この間からの武藤さんはどうかしている。褒められて悪い気はしないけれど今の私は素直に受けとることができない。
「どうぞ……」
武藤さんにカップを手渡した。
「ありがとうございます……」
武藤さんの指と私の指がほんの少し触れた。それだけで私はビクッと手を震わせた。揺れたカップからコーヒーがこぼれて武藤さんの手にかかった。
「すみません!」
慌ててタオル掛けから布巾を取った。
「いいです、大丈夫ですから」
武藤さんは穏やかに言う。焦って手にかかったコーヒーを拭こうとするけれど、また手を近づけるのが嫌だと思ってしまった。そんな私に戸惑いつつも武藤さんは「自分で拭きます」と反対の手を開いて私の前に差し出す。恐る恐るその手の上に布巾を載せた。武藤さんの顔をちらりと見ると困ったように引きつった笑顔を浮かべている。
「……すみません」
声を絞り出して給湯室を出ようと武藤さんの横に一歩踏み出した。
「あの、僕戸田さんを不愉快にさせることをしましたか?」
突然の言葉に体を強張らせた。
「僕のこと避けてますよね?」
「…………」
図星だ。けれど正直に「そうです」とは言えない。武藤さんの顔は焦っている。その顔を見て緊張が解れて怒りが込み上げるのを感じた。
「それは武藤さんの方ですよね? 私のことを嫌いなの、分かりやすすぎです」