ヒステリックラバー
「え……」
「社員旅行でしたこと、覚えていないんですか?」
自分でも驚くほど低い声で武藤さんを責めた。
「あの……すみません……覚えがなくて……でもすみません!」
武藤さんは訳がわからないなりに私に謝罪の言葉をぶつける。けれど私は簡単には許せない。普段の精神状態なら優秀な武藤さんが困っている顔を見るのは優越感を得るところかもしれない。けれど私は怒っている。
「…………」
「すみません……戸田さんが黙りこんでしまうほど失礼なことをしたのですね……」
武藤さんの表情は今何を考えているのか面白いほど分かりやすい。私が何かに怒っているという焦り、無言を貫く私への不安、その思考が眉や唇の動きでわかった。
「…………」
「…………」
狭い給湯室に無言でいるのはお互いに辛かった。
目の前の本人に無理矢理キスされたなんて言えるわけがない。信じてもらえないだろうし、そんなことはしていないと言われたら私だって証明できない。
「戸田さんは僕のことが許せませんか?」
「…………」
尚も黙る私に武藤さんの顔色はどんどん悪くなる。再び何かを言おうと武藤さんが口を開いた瞬間、武藤さんを押し退けて給湯室を飛び出した。
「戸田さん!?」
武藤さんが驚いて名を呼んだけれど無視して通路の奥の扉から非常階段に出た。
これで完全に武藤さんとの関係が拗れた。
階段に座り込んで溜め息をついた。
セクハラされたと思っている私と、避けられる理由がわからない武藤さん。これでは一緒にいるだけで辛い。