ヒステリックラバー
「え、もう1度ですか?」
「2回目の提案書で決定したのに、田中さんが送ったのは最初の提案書だったみたいで……」
「あー、間違えちゃったのかな」
受話器の向こうで武藤さんは呑気な声を出した。
「そうみたいです。田中さんももう帰っちゃって電話が繋がりません。先方は急いでいるようです」
「じゃあ僕が今から会社に戻るので送ります」
「え? でも武藤さん今日は直帰なんじゃ……」
「仕方ないです。今僕から先方に電話して何とか今日中に送るので、会社に戻る間だけでも待ってもらえるようにお願いしてみます」
武藤さんは全く焦っていない。いつも冷静、それが武藤さんの特徴だ。
「あの、私でわかることであれば今先方に送りますよ?」
「え?」
「メールで添付すればいいんですよね? 私がやります」
私でもできる。わざわざ武藤さんが会社に戻ってやることでもない。
「結構です! 1課の戸田さんにお願いしていいことではないので、僕が今から戻ります!」
今までの冷静な口調から一転して慌てて拒否する武藤さんに不快感が湧き上がる。そんないい方しなくてもいいじゃないか。
「こちらが間違えたのですから一刻も早く再送するべきです。私でもそれくらいできます!」
思わずケンカ腰に返してしまった。でも武藤さんも私に素っ気ないのだから、嫌いな私に借りを作ってやる!
「でも……申し訳ないので……」
「いえ、大丈夫ですよ。まだ私も会社に残らなきゃいけないので」
「では……申し訳ないですがお願いします。営業の共有サーバーに僕の名前のフォルダがあります。その中の商業ビルの名前のファイルがそうです」