伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます

「……あなたよ」


ドロシアの脳内を、走馬灯のように景色がめぐる。それはすべて一人の男性との記憶だ。
猫化してしまうがために引きこもりになったこと。ドロシアを帰そうと必死になっていたこと。結婚してからは大切に愛してくれたこと。そして、猫化から戻れなくなってしまったこと。


「この猫がオーガスト様だわ。私の旦那様よ」


ドロシアは記憶が戻るのと同時に、呆然とするチェスターを押しのけ、ガラスの破片が散らばる床に駆け寄った。
破片が足に刺さって痛いはずなのに、痛みは感じなかった。それよりも猫の彼に手を伸ばすことに夢中だった。

猫はとび色の瞳を揺らしながらも、息をつくのも忘れたようにドロシアが彼を抱きあげるまで、微動だにしないままだった。


「ドロシア。……僕を覚えているのかい?」

「今、思い出しました。私の旦那様です。私が一番大好きな人です」


痛みに顔を歪めながらも、ドロシアは決して彼の体を放さない。
しばらく腕の中でおとなしくしていたオーガストは、自らの血がついてしまったドロシアの頬を舐め、尻尾をくるりと上にあげた。


「……チェスター。デイモンに伝えてくれ。この茶番は中止だ。僕はなんとしてでも人間に戻れる方法を探す。ドロシアをほかの男になんて触らせない」


男らしい宣言に、ドロシアは泣きたくなる。
彼にとっては屋敷を守ることが最優先で、自分がそれに勝ることなどないと思っていたのに。

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