伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
「やっぱり、無理だ。……あなたは本能的に分かっているんだ。自分の相手が違うことくらい」
「チェスター? 何を言っているの?」
「でも俺も、どうすることもできないんです。この屋敷を守るために、どうしてもあなたと関係を持たなきゃならない。……すみません、ドロシア様」
「チェ……」
再びチェスターが上から覆いかぶさり、ドロシアのドレスの首元を力任せに引っ張った。
飾りボタンがとび、ドロシアは思わず悲鳴を上げる。
「きゃあっつ」
「すみません。記憶は必ず消してもらいますから」
「やっ、止めて、チェスター。いや、助けてっ。オーガスト様……」
口から飛び出したのは、彼女の形だけの夫の名前だ。
だが脳裏に思い浮かんだ姿は違う。茶色の猫だ。しなやかな体を自由に動かし、とび色の瞳でドロシアを見つめる。思慮深さと臆病さと優しさをたたえた、その瞳を思い出し、ドロシアは目が覚めたような感覚にとらわれる。
「お、オーガスト様、オーガスト様っ」
「ドロシア様……」
チェスターは動きを止めた。現在最高の魔女であるクラリスのかけた暗示を、こんなにも早く解いたことに驚きを隠せなかった。
「ドロシア!」
叫び声とともに、寝室の窓ガラスが割れた。
細かい破片とともに茶色の塊が室内に飛び込んでくる。
音に驚いて、動きを止めたドロシアとチェスターが見たものは、ガラスで切ったのか数か所から血を流しながら、とび色の瞳を光らせる茶色の猫だった。