伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます

「やっぱり、無理だ。……あなたは本能的に分かっているんだ。自分の相手が違うことくらい」

「チェスター? 何を言っているの?」

「でも俺も、どうすることもできないんです。この屋敷を守るために、どうしてもあなたと関係を持たなきゃならない。……すみません、ドロシア様」

「チェ……」


再びチェスターが上から覆いかぶさり、ドロシアのドレスの首元を力任せに引っ張った。
飾りボタンがとび、ドロシアは思わず悲鳴を上げる。


「きゃあっつ」

「すみません。記憶は必ず消してもらいますから」

「やっ、止めて、チェスター。いや、助けてっ。オーガスト様……」


口から飛び出したのは、彼女の形だけの夫の名前だ。

だが脳裏に思い浮かんだ姿は違う。茶色の猫だ。しなやかな体を自由に動かし、とび色の瞳でドロシアを見つめる。思慮深さと臆病さと優しさをたたえた、その瞳を思い出し、ドロシアは目が覚めたような感覚にとらわれる。


「お、オーガスト様、オーガスト様っ」

「ドロシア様……」


チェスターは動きを止めた。現在最高の魔女であるクラリスのかけた暗示を、こんなにも早く解いたことに驚きを隠せなかった。


「ドロシア!」


叫び声とともに、寝室の窓ガラスが割れた。
細かい破片とともに茶色の塊が室内に飛び込んでくる。

音に驚いて、動きを止めたドロシアとチェスターが見たものは、ガラスで切ったのか数か所から血を流しながら、とび色の瞳を光らせる茶色の猫だった。
< 170 / 206 >

この作品をシェア

pagetop