伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
うまい話には罠があると、投資に失敗したときに身をもって体験したのではなかったのか。
ドロシアが冷たいまなざしを向けているのにも気づかず、男爵は嬉々としてまくし立てている。
「これで私ももう一度再起を図れる。お前も嫁に行ける。一石二鳥じゃないか。やはり神様はいるものだ」
「……それで、その物好きな方はどなたですの。さすがに六十歳の老人と言われたらお断りしますわよ」
男爵の動きが止まり、非難の目がドロシアに注がれる。
「お前、そんな選り好みできる立場だと思っているのか?」
「老人介護に出向くくらいなら、独身で家を切り盛りしているほうがマシです」
「待て。そこまで年寄りではない。ただ、その、あれだ。ほんのすこーしお前よりは年上ではあるんだが」
「ほんの少しとはおいくつですか。お父様もいい大人なのですから、数はしっかり計算してくださいませ」
「だからそのっ……、伯爵は三十七歳だったと思う」
「……なんですって?」
伯爵と言えば世襲貴族だ。風が吹いたら倒れそうな男爵家から見ればかなりの格上の家柄ではないか。
「どこの伯爵よ」
「ちょっと辺境地なんだ。それに、……変な噂もある。だけどこんな申し出をしてくれるくらいだから良い方だよ、きっと」
「だからどちらの伯爵様なの? お父様も大人なんですから人の名前ははっきりとおっしゃって!」
再び怒られて、男爵は身をすくめる。男爵が部屋に引きこもるようになってから、完全に父と娘の立場は逆転していた。