伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
オーガストの瞳に、一瞬冷たい色が乗る。しかし、ドロシアが不安そうに身を震わすと、すぐに優しい顔で背中を撫でてくれた。
「どうやら、軍人たちは自分たちが行った虐殺の記憶が無いようだった。彼らは別の誰かがこの屋敷を襲撃し、救うためにここに来たのだ、と思い込んでいたんだ。おそらく、それが母が最後にかけたまじないだったのだと思う。自分を襲った男に、『誰に襲われたんだ』と問いかけられて、血反吐が出るかと思ったよ。……悔しいことに僕は彼らに助け出され、結果として一命を取り留めた。不思議なことに僕の体から短剣の傷跡は消えていて、状況を説明できないことも記憶障害の一部だと認定された」
「そんな」
「どういう経緯でそうなったのかはよくわからないんだが、最終的な報告としては、魔女たちが自分たちの住処を得るためにノーベリー邸を襲った事件、ということで落ち着いた。死んだ人間の中に犯人と犯人を殺害した人間がいたとされ、僕ら家族は被害者である、と認定された。回復してから国王様より死んだ父の爵位であるノーベリー伯爵位を賜り、訳も分からないままこの家の当主に収まったんだ」
ドロシアは驚きすぎて声が出せなかった。
予想以上に重い過去で、その苦しみを想像もできない。オーガストが、淡々とこの事実を話せることにも驚いていた。
「僕はまずこの屋敷に戻って、墓を掘ろうと思った。みんな死んだと思っていたが、使用人の何人かは森に逃げ延びていた。みんなで森の奥に穴を掘って、死体を埋めた。やがてクローバーが種をつけて広がったあの芝生は、実は墓場なんだよ」
「あ、あの場所」
彼が猫と語らっていた場所だ。森の中でそこだけ切り開かれたような、不自然な芝生だった。そういわれれば納得だ。
じゃああの時、彼は猫のアールとだけ話していたわけではないのだ。土に眠る父や母にも話しかけていたのだろう。