伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
(家では、……私がしっかりしなきゃって思っていたものね)
引きこもった父。次々に送られてくる督促状。やめていく使用人に、靴職人になると言い張った弟。
母がいた時の家庭を取り戻したくて、ドロシアは大人にならざるを得なかった。
いなくなった母の代わりに、何とかしてあの家庭をまとめなければならなかったのだ。
「あはっ」
ぽろり、と滴がこぼれた。
頬を伝うその水滴に気付いたオーガストは、慌てて顔を覗き込んだ。
「どうしたんだい。やっぱりこんな男を夫にするのは嫌かい? そりゃそうだよな。君から見れば、おじさんどころかおじいさんだ。とにかく涙を拭いて」
「違います」
ドロシアは自分で涙をぬぐって、オーガストの肩に額を押しつける。途端に、石にでもなったようにオーガストが固まった。
「ド、ドロシア?」
「私、こんな風に安心して笑うの、……久しぶりなんです」
「ドロシア……」
「オーガスト様といると、とてもホッとします。どうしてなんだろう。理由は分かりませんが、私はあなたに会えてうれしいんです」
オーガストの手がドロシアの肩を掴んだ。彼のとび色の瞳には、普段鏡に映る自分よりずっとかわいいと思える自分がいた。
ふ、と体の力が抜けたと同時に、オーガストの顔が近づいてくる。ドロシアはそっと目を閉じ、彼の唇を受け入れる。柔らかい感触とともに心臓が全身を波打っていく。