ここにはいられない
公舎のすぐ近くには市の福祉センターがあるけれど、土日は閉まっている。
コンビニまでは徒歩10分、車で5分。
限界まで我慢した尿意で、しかも日に何度も行けるだろうか。
悩みながら見つめていると、水位が下がってトイレブラシが見えてきた。
その柄には流れ切らなかったトイレットペーパーが絡まっている。
今はなんとか流れたけれど、頻繁にしかも1ヶ月なんて使えないことは明白だった。
とりあえず、図書館に行こう。
車の鍵だけ持って玄関を出ると、そこで急に尿意に襲われた。
どうにもならずにうずくまる。
しばらく我慢すれば収まるはず。
そうしたら図書館に移動しよう。
そう思ってはいても、痛いほどの尿意をやり過ごすのは本当に苦しい。
脂汗を滲ませながらじっと嵐が去るのを待っていると、ふーっと世界が暗くなった。
めまいでも起こしたのかと一瞬錯覚したそれは、背の高い男の人の影だった。
「救急車呼びましょうか?」
見上げた影の主は逆光で、私はそのただの黒い人に向かって声を絞り出した。
「いえ、結構です」
問題は救急車では解決できない。
明らかに尋常じゃない様子の私に、彼は迷っているようだったけど、本人が拒否するのだから躊躇いながらも立ち去った。
6世帯あるこのB棟の一番左から2番目の2号室。
私の6号室からは3世帯空けたそこに、彼は鍵を差し込んでいた。
この公舎に住んでいる人はもうほとんどいない。
仕事から帰っても並ぶ窓から灯りが漏れることはなく、ほんのりとした街灯だけが頼りのガランとした寂しい建物。
まだ全員が退去したわけでなくても、少なくとも私が住んでいるB棟に他の住人がいるとは思っていなかった。
福祉センターは休館日。
コンビニは車で5分。
図書館はもっと遠い。
「すみません」
大きな声は出せなかったのに、彼は動きを止めて顔だけこちらに向けた。
「トイレを貸してください」