ここにはいられない


当然だけど私の部屋と同じ間取りで、リビングを抜けた先にキッチンがあり、その更に奥にトイレはある。
それでも私の部屋より建て付けは良くて、引き戸はガラガラガラガラとスムーズに開いた。

同じ位置にある同じようなトイレは、けれど私の部屋のトイレとは違う。
タオルは水玉模様、時々きのこ柄。
スリッパはベージュのギンガムチェック。
一応ピンク色で統一している私のものと違って、ホームセンターでこだわりなく買ったような印象を受けた。

私の場合、つっぱりタイプの棚を取り付けてトイレットペーパーやナプキン、洗剤類を収納しているけどそれはなく、床に無造作に置かれている。
古いせいでピカピカには見えないながら、不清潔ではなかった。

切羽詰まってトイレを借りたところで私の窮地はまだ脱したとは言えず、重苦しい気持ちで引き戸を開けて出た。


私の部屋ではトイレに背を向ける配置でソファーを置いているのだけど、彼は横向きに配置しているので、その横顔がすぐに目に入った。
さっきまで顔なんて見る余裕がなかった私は、そこで初めて彼の顔を見た。

テレビで再放送のドラマをつけてはいるものの全く見てなくて、ローテーブルの上に開いたノートパソコンに向かって一心に何かを打ち込んでいる。

年齢は私と同じくらいかな。
真っ直ぐで硬質な髪の毛と素っ気ないメガネが彼の印象そのものだった。

ここに住んでいるのだから私と同じ市役所職員なのだろうけど、見たことがない。
いや、見たことはあるのかもしれないけど、印象には残っていない。
恐らく同じフロアにはいない人だ。


「どうもありがとうございました」

声を掛けると一瞬だけ視線を私に向け、

「ああ、はい」

と、すぐにパソコンに視線を戻し手を止めることなく答えた。
事情を問うこともせず、労りの言葉や世間話を投げかけることもなく。

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