ここにはいられない

「いい加減にしたらどうですか。いい年して駄々をこねて。周りにも迷惑です」

結構なお年に見えるのに背筋がしゃんと伸びたおじいちゃんが、やはり背筋の伸びるような声で割って入った。

「あなたがちゃんと読んでいないだけで、事前の通知にしっかり注意書きがありましたよ。本来なら彼女が謝ることでもないんです。全てあなたの落ち度です」

庇ってくれたことは嬉しいのだけど、完全に火をつけてしまった。

「あんたには関係ねーだろ!」

と男性がおじいちゃんにつかみかかり胸ぐらを締め上げるので、「わー!ちょっと、ちょっと待って!」と慌てて引き離そうとその手を掴んだ。
ところが思い切り振り払われて尻餅をついてしまう。
うーー、情けない。

その直後に男性職員と班長も務めるベテラン保健師がやってきて二人を引き離し、

「まあまあ、あっちで麦茶でも飲みましょうか~」

と、のどかな声を出しながら、暴れる男性を連れ去った。

起き上がってその様子を見ていた私に、庇ってくれたおじいちゃんが頭を下げてくる。

「かえってご迷惑をお掛けしました。申し訳ありません。お怪我はありませんか?」

「いえいえ。ちょっと転んだだけで擦り傷一つありません。お気持ちは嬉しかったです」

「彼にはああ言ったものの、私自身ついカッとなってしまって」

「あははは。みんなお腹すいてますから、イライラしますよねー」



男性は結局怒ったまま帰ってしまったそうだ。

「仕方ない、仕方ない。こういうことは珍しくないから」

と班長はカラッとしたものだった。
慣れれば私も上手に気持ちを切り替えられるのかもしれない。

けれどまだ慣れない私は、あのおじいちゃんの好意に大分救われたものの、元々落ち込み気味だった気持ちは上向くことなく、より一層疲労感は増した。





< 60 / 147 >

この作品をシェア

pagetop