ここにはいられない
もう今日は早く帰りたい。
全然進まない仕事は能率がどうこういうレベルの話ではなくて、いるだけ無駄の税金泥棒状態。
市役所の保健師の仕事は、もちろん今日のように検診や教室など動かせないものもたくさんあるけれど、比較的自由にスケジュールが組めるという利点がある。
訪問にしても面談にしても自分で調整できるから、今日の午後は何の予定も入れていなかった。
それに今朝は早朝出勤だったから、その分早退しても構わないはずだ。
帰るのが、自分の家ならば。
暗黙の了解でこれまでは給湯室で鍵の受け渡しをしていたけど、今朝は当然もらっていない。
鍵をもらいに都市計画課に行こうかなー、でもあからさまだと周りから変に思われるかなー、と唸りながら見つめているディスプレイにすうーっと影が差した。
「これ、よろしくお願いします」
業務上は全く接点がないため、子どもみらい課で千隼を見るのは違和感がある。
いかにも仕事の連絡のように渡されたのは、「都市計画課」と名前の入った定型封筒。
「あ、はい」
反射的に受け取ると、千隼はさっさと階段の方へ歩いて行った。
何気なく見回しても、周りは特別怪しんだ態度をしていない。
封筒の口を開いて傾けると、中から出てきたのは家の鍵。
そして、12粒入りの角形チョコレート。
わざわざ届けてくれたのは、多分「早く帰れ」ということだ。
メッセージも何も書いてないのに、添えられたチョコレートは「お疲れさま」と言っているようで━━━━━。
一口も食べていないのに、さっきよりずっと元気になっていた。
少し早く帰って、ちょっと手の込んだ夕食を作れるくらいに。
何がいいだろう?
千隼は何が食べたいかな?