ここにはいられない
少し前から明日が引っ越しであることは周囲に漏らしていたので、時間がかかるような仕事を振られることなく金曜日は過ぎて行った。
「すみません。お先に失礼します」
「お疲れさまでーす。引っ越し明日でしょう?荷造りは終わった?」
起案にカシャン、カシャン、と判子を押しながら班長が笑顔で聞いてきた。
班長は50代のベテラン保健師で、みんなのお母さん的存在だ。
福祉部は全体的に女性が多めだけど、特にうちの課は1名以外全員女性なので、家庭的な話題も多い。
「えーっと、あと少しです」
「どうせ全部開けるんだから、分類なんて気にしないでドンドン入れちゃいなさい。今日明日は外食で済ませて、無理しないようにね」
班長から決済板を返してもらった菊池さんがカラッと笑う。
「大丈夫、大丈夫。私なんて3年前に引っ越したダンボール、まだ開けてないやつあるから」
「それはもう捨てなさい」
「捨てるのはちょっと・・・」
「志水さんは菊池さんみたいなことにならないようにね」
「あ、はい。頑張ります」
千隼の協力があって、本当はほとんど終えている。
だけどそんなことは言えないので曖昧に笑って誤魔化した。