ここにはいられない
「ただいまー」
「おかえり」
仕事は千隼の方が遅いけど、私がお風呂から帰ってきたり、土日で千隼が家にいる時は「おかえり」と迎えてくれていた。
「ただいま」は一人でも言うけど「おかえり」は言うことも言われることもなくなるんだなって、帰宅早々寂しくなってしまう。
「着替えたら早速カレー作るね」
殊更明るく声を出して、お酒をしまうために開けた冷蔵庫に大きな箱がドーンと入っている。
箱に印刷されているのは、ホテルに入っているケーキ屋さんの名前。
「・・・これ、買ってきたの?」
「引っ越し祝い」
他意がないのはわかっているけど、むしろ好意なんだけど、『祝い』なんて言われると私が出ていくことがめでたい、みたいな意味に聞こえる。
「明日からやっと一人だもんね。それは確かに〈お祝い〉しないと」
背を向けてビールをしまっていたから千隼がどういう顔をしていたのかわからない。
恐らく無表情だっただろう。
でも私は笑えないから、背を向ける理由があって助かった。
「寂しい」なんて言える間柄じゃない。
私だってしたくて始めた同居じゃなかったんだから。
だけど思った以上に居心地がよくて、想像できなかったくらい楽しくて、私が「名残惜しい」と感じるのと同じくらいには千隼にも残念がって欲しかった。