徹生の部屋
なぜだか、訳もわからずに腹が立ってきた。

この素敵な家もその麗しい顔も、彼が自分で手に入れたものではないはずなのに、我が物顔でソファにふんぞり返って座っている。

ただの僻みで言いがかりなのは百も承知。そんなことを考える自分にもイライラしてきた。

「では、遠慮なくいただきます」

缶を握り潰す勢いで、カラカラの喉にビールを流し込む。一気に半分以下にまで減った缶の底にハンカチをあて、テーブルに水滴と傷をつけないように置いた。

幸か不幸かアルコールには強い家系で、いままでいくら呑んでも酔っ払ったという経験がない。飲み会ではいつも、泥酔した友達や同僚を介抱する役ばかりだ。

取引先相手に、醜態を晒す危険はない。
その自信をもっていた。



ローテーブルの上に空き缶が所狭しと並ぶ。私と徹生さんとで、ほぼ半分ずつ空けたものだ。

「そういえば、ツマミがないな。俺は夕飯を食ってきたが、君は? 買い出しに行くにも、呑んでしまったし……。寿司でも頼むか?」

とっくに襟元からネクタイを引き抜き、肘まで腕まくりをしたシャツの第三ボタンまで外している徹生さんが、いまさら言う。

通いの料理人さんは、休暇前に冷蔵庫の中を綺麗にしていったらしい。目ぼしい食料は残されていないかった。

一番近いコンビニでも、坂のふもとにある。この蒸し暑さの中を上り下りするのはちょっと辛い、とスマホを操作し始める彼を止めた。

「お気遣いありがとうございます。でも、私も軽く済ませてありますから。甘いものでもよければ、これがありますよ。おもたせで申し訳ありませんが」

本当は緊張と興奮でお昼ごはんも食べられなかったことは秘密にして、ベリベリと持参した手土産の包装紙を剥がすと、可愛いヒヨコ型のお饅頭が姿を現す。

「久しぶりにみたな」

ふっ、と徹生さんの目元が柔らかく緩んだ。

冷蔵庫のビールが底をつき、今度はブランデーを引っ提げてきた彼が、トクトクと良い音をさせながら注ぐ。

洋酒にはあまり詳しくないけれど、瓶の雰囲気と深みのある香りから察するに、高価な逸品のような気がする。

若干尻込みしつつグラスを傾けた。
喉を通って胃に落ちるまでの軌跡が熱く感じられるほど、濃厚なアルコール分と鼻を抜けていく芳香に、自然と口元がほころぶ。

「美味しい」

感嘆のため息をつく私を横目に、徹生さんはひとつ取ったヒヨコの頭にパクリとかぶりついた。





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