徹生の部屋
今度は一升瓶が登場し、初対面の者同士の酒盛りは粛々と続く。
彼も私と同じくらい呑んだように思うのだけれど、顔色ひとつ変わらない。

徹生さんが興味のあることなんてわからないから、目先の話題としてこのお屋敷が建てられた経緯や歴史などについて振ってみたのだけれど、驚いたことにあまり詳しく知らないと返された。

「自分の家なのに?」

「だからだ。ここは文化財でも資料館でもない、俺たちの家。生活の場だ。いちいち気にしてなどいられるか」

その答えが、ふと、初めてこの部屋に入った時の感覚を蘇らせる。
一見統一感のなさそうな調度類が、違和感なく収まっている理由に思い至って腑に落ちた。

「人とともに生きる家具」

「急になんだ?」

「桧山家具が掲げるコンセプトのひとつです。使う方の人生に寄り添い、ともに生きる家具をご提供する。桧山店長……当店は、それを目標にしています」

長く使っているうちに付いてしまった傷やシミの一つひとつさえもが、その人の愛おしい想い出となるように。
そしてそれが、大切な想いとともに末永く受け継がれることを願う。

「お屋敷もこの部屋も、代々桜王寺家の方たちが過ごされた年月を一緒に成長してきたのですね。だから調和がとれている」

もしこの部屋の中身をそっくり別の部屋に移しても、きっと同じ雰囲気は出せないだろう。
家具だけじゃない。部屋や家もまた、そこに住む人とともに成長する。

ああ、店長が常々言っているのは、こういうことだったんだ。

あらためて室内を舐めるように見廻して、日本酒を嗜むには少々大きなカットグラスを傾けた。

黒漆が美しい時代箪笥の抽斗で鈍く光る、引手の重厚さにうっとり見惚れていたら、唐突に徹生さんが席を立つ。
そのまま廊下に続くドアの前まで危なげない足どりで近づき、こちらを振り返った。

「ついて来い」

「あ、姫華さんのお部屋に行くんですね」

椅子の肘掛けを支えに腰を上げる。
一瞬視界がぐらりと揺れたのは、立ちくらみ?

「いや、まだ時間がある。家の中を案内してやろう」

まるで大冒険に誘うイタズラっ子のような笑みを向けられた。









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