徹生の部屋
「祖父が子どものころはまだ執事や守役、住み込みの女中など大勢いたらしいが、いまは料理人は通いだし、大がかりな清掃や庭木の剪定は業者に依頼してしまっている。部屋を使っているのは、こまごまとした家のことをしてもらっている家政婦と父の運転手の、ふたりだけだな」
いままでとは違い、シンプルな扉や照明が並ぶ区画に入る。この家に住み込みで働く人たちの生活の場ということらしい。
使用人専用の簡素な――といっても、私の部屋のユニットバスよりずっと広いお風呂場や、洗面所などがちゃんと用意されているのだから、待遇は良さそうだ。
表に比べて灯りが落とされた板張りの仄暗い廊下は、否が応でも探検気分を盛り上げる。
図ったように突然壁に現れたぽっかり空く穴は、下へ向かう階段みたい。
「ああ、そこは地下室だ。特に珍しいものはないと思うが……。行ってみるか?」
私の期待に満ちた瞳を受け、徹生さんは肩をすくめてから薄暗い穴の中に身を入れる。
なんの躊躇いもなく腰を屈めて降りていく、広い背中をあとを追った。
下までは廊下の灯りが完全には届かない。ますます怪しい雰囲気が増し、私の鼓動が速まっていく。
階段は十段もないのに、地下に降りるという行為がもたらす非日常感からか、妙に気分が高揚していた。
ギィっと軋ませ手探りでドアを開けた徹生さんが振り向く。
「そこ。段差が違うから気をつけ……っ!」
「え?」
せっかくもらった忠告は間に合わず、無駄になってしまった。
予想していた位置にステップは存在せず、惰性で踏み出していた片足は階段を踏み損なう。踏ん張りの利かない身体が前のめりになった。
「……言ったそばからコケるなよ」
徹生さんに抱き留められたと気付いたのは、耳のすぐ横で呆れたようなため息を感じてから。
「すっ、すみませんっ!!」
彼の首根っこにしがみついていた腕を離し、自分の足で立とうとしたのに、なぜかカクンと膝が折れる。
「おい、大丈夫なのか」
私は両側の脇下を支えてくれた手に持ち上げられ、そのままトン、と階段の一番下まで降ろされた。
しっかり私の両足が床についたのを確認してから、徹生さんの手が離れていく。
「さすがに酔っ払っているか。あれだけ呑んだんだからな」
徹生さんが地下室の電灯のスイッチを入れる。たったひとつ点いた裸電球の灯りの眩しさに一瞬目が眩む。
「そんなこと、ありません! ちょっとよろけただけです」
ニヤニヤと笑う彼の脇をすり抜け、少しひんやりした空気のこもる地下室に入った。
いままでとは違い、シンプルな扉や照明が並ぶ区画に入る。この家に住み込みで働く人たちの生活の場ということらしい。
使用人専用の簡素な――といっても、私の部屋のユニットバスよりずっと広いお風呂場や、洗面所などがちゃんと用意されているのだから、待遇は良さそうだ。
表に比べて灯りが落とされた板張りの仄暗い廊下は、否が応でも探検気分を盛り上げる。
図ったように突然壁に現れたぽっかり空く穴は、下へ向かう階段みたい。
「ああ、そこは地下室だ。特に珍しいものはないと思うが……。行ってみるか?」
私の期待に満ちた瞳を受け、徹生さんは肩をすくめてから薄暗い穴の中に身を入れる。
なんの躊躇いもなく腰を屈めて降りていく、広い背中をあとを追った。
下までは廊下の灯りが完全には届かない。ますます怪しい雰囲気が増し、私の鼓動が速まっていく。
階段は十段もないのに、地下に降りるという行為がもたらす非日常感からか、妙に気分が高揚していた。
ギィっと軋ませ手探りでドアを開けた徹生さんが振り向く。
「そこ。段差が違うから気をつけ……っ!」
「え?」
せっかくもらった忠告は間に合わず、無駄になってしまった。
予想していた位置にステップは存在せず、惰性で踏み出していた片足は階段を踏み損なう。踏ん張りの利かない身体が前のめりになった。
「……言ったそばからコケるなよ」
徹生さんに抱き留められたと気付いたのは、耳のすぐ横で呆れたようなため息を感じてから。
「すっ、すみませんっ!!」
彼の首根っこにしがみついていた腕を離し、自分の足で立とうとしたのに、なぜかカクンと膝が折れる。
「おい、大丈夫なのか」
私は両側の脇下を支えてくれた手に持ち上げられ、そのままトン、と階段の一番下まで降ろされた。
しっかり私の両足が床についたのを確認してから、徹生さんの手が離れていく。
「さすがに酔っ払っているか。あれだけ呑んだんだからな」
徹生さんが地下室の電灯のスイッチを入れる。たったひとつ点いた裸電球の灯りの眩しさに一瞬目が眩む。
「そんなこと、ありません! ちょっとよろけただけです」
ニヤニヤと笑う彼の脇をすり抜け、少しひんやりした空気のこもる地下室に入った。