徹生の部屋
大きな掃き出し窓から陽の光が射し込むリビングは、夜とは少し印象が変わって見える。

所在なげにキョロキョロしていたら、徹生さんは奥へ続くドアを指差した。

「適当にキッチン探して、コーヒーでも淹れてくれないか?」

自分はさっさとソファに座り、タブレット端末の操作を始めてしまう。

「私が、ですか?」

「ほかにいないだろうが。ああ、俺はブラックで構わない」

画面から顔も上げずに言い放った。

どうにも解せないけれど、なにぶん負い目がある身の上である。

整理整頓された広いキッチンで、あちこちの戸棚や抽斗を開けまくり、コーヒー粉、その他一式を探し当てることに成功した。

苦労して淹れたコーヒーをひと口啜った徹生さんが、一瞬首をひねる。

「なにか?」

「いや、ありがとう。……やっぱりだ」

あいかわらずタブレット画面を見ていた彼の口角が上がる。
映し出されたニュースと不遜な顔を、こちらに向けた。

「昨夜は熱帯夜だったらしい。それも、この夏一番の。どうりで暑かったわけだ」

「暑いって、そっちの意味だったんですか!?」

からかわれたのだ。

万に一つの間違えでもあったら、と心の隅に引っかかっていた不安が消えて安心すると、肩の力も気も抜ける。

「エアコンをつけっ放しで寝るのはダメなんですよ」

「地球温暖化が進む昨今、そんなことをしていたら夜間熱中症になるぞ」

「だって、おばあちゃんが身体に悪いって……」

だから田舎の我が家では、夏の夜は窓を全開で寝ているのだ。
その習慣は、東京に出てきてからも続いている。

「ずいぶんと不用心だな」

「私の部屋、五階ですし。そんなに暑かったのなら、桜王寺さまが別の部屋に行けばよかったんです」

もはやただの意地である。どう考えても、私のほうが理不尽なことを言っている自覚はあった。
それなのに、徹生さんは鬼の首を取ったように悠然と笑う。

「だから言っただろう? 楓が泣きだして俺を離してくれなかったって」

「そんなはず、ありません!」

いくら酔って記憶が曖昧だとしても、初対面の人にそんなことするはずがない。
どうせまたからかっているんだ。

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