徹生の部屋
メイドさんよろしく、胸に抱えていたシルバーのトレイをテーブルに置いて、深く頭を下げた。

「このたびは、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした。ご依頼いただいた件は、姫華さんがお戻りになられてから、あらためて対応をご相談させてください。それでは、私はこれで失礼します」

ボストンバッグを手に、くるりと徹生さんに背を向けた。

「待て。どこへ行くつもりだ」

静かだけど鋭い問いに足が止まる。

「ですから、家に……」

「冗談はよせ。まだなにも解決していないのに、帰ることは許さない」

立ち上がり、ゆっくり私との間合いを詰めてくる徹生さんから逃れるよう、バッグを抱えて後退る。

だけどほどなく背中が壁にあたってしまう。
左右のどちらかに逃げようとすれば、両脇につかれた腕で行く手を阻まれた。

これは所謂壁ドンというヤツですね。
ケースによっては、脅迫罪だか暴行罪だかになるそうですよ?

極力冷静な態度で臨もうとするけれど、たとえ訴訟を起こしたところで優秀な弁護士がついて不起訴、もしくは示談となるんだろうな、とか。
そもそも、自分の失態が招いたことで、大切な取引先と揉めるわけにはいかんだろう、なんて。
さらに現実的な考えが頭をよぎった。

「あの時間に起きて、遅刻だ欠勤だと騒がなかったということは、今日は休日なんだな?」

この異常な態勢にもかかわらず、徹生さんは日常会話的な質問を投げかける。

「はい。昨日から夏休みです。一週間」

頷きながら、プラス一日もらったことも思い出す。休んだ気なんてしなかったけど。

「奇遇だな。俺も本日からの夏季休暇を無理やり取らされた」

じゃあ、昨日は仕事終わりでこちらへ来たのか。自宅なのに堅苦しいスーツだった理由が判明する。

ホント、私にはどうでもいいことだけど。

「そうですか。ではお互いに楽しい夏休みを……」

腕の下をくぐり抜けようとして失敗した。






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