徹生の部屋
私がひとり分の御膳を食べ終わるまでに、徹生さんは定食とグラタンをキレイに平らげていた。
スラリとした見かけによらず、大食漢なのかな。

そういえば、上半身には程よい筋肉がついていたから、ジムとかで鍛えているとかかも。なんて、起きぬけに見た彼のセミヌードを思い出した私は、食後の紅茶を吹き出しそうになった。

「いくぞ」

「払います!」

伝票を手に出て行こうとするから慌てて追いかけ、バッグを探ってお財布を探す。
その間にカードで支払いを済ませてしまった徹生さんは、足早に店外へ出てしまう。

「面倒だから、構わない」

車に乗り込む寸前を捕まえ、せめて自分の分をと差し出してみても、「ごちそうさまです」の言葉以外は受け取ってもらえなかった。


社員寮となっている私の家へと向かう車の中で、徹生さんの携帯はひっきりなしに鳴り続ける。
運転中だからハンズフリー機器を使って受けているのだけれど、その内容のほとんどは仕事に関することらしい。
だけどときおり談笑や、英語らしき会話まで挟まれることもある。

不可抗力の上、たとえ内容がちんぷんかんぷんだとしても、他社の内情に関する会話が耳に入ってしまうのは、やっぱりマズイだろう。
意識と視線を景色が流れる窓の外へと向けていた。

そういえば、ウチの店には海外からのお客さまも多い。日常英会話くらいは、マスターしないと、やっぱり……ダメ、だよ……なあ…………。

「……のか? 楓」

突然名前を呼ばれて、ビクッと肩が跳ねる。どうやら、意識は窓の外どころか夢の国に旅立とうとしていたようだ。

「はいっ!? なんですか?」

ここが狭い車内だということも忘れて大声で応える。
信号待ちで停車した徹生さんは、左手を延ばして私のおでこに手をあてた。

「急に黙るから、具合でも悪くしたのかと思ったが、それだけ大声が出せるようなら平気だな」

「いえ、あの。お仕事の電話のようだったので。お休みなのに忙しいですね」

やんわりと払いのけようとする前に信号が変わり、大きな手は離れていく。

「世間は盆休でも動いている部署もあるからな。たいした話はしていないから、気を遣わなくていい」

未来の重役ともなると休暇中も気が休まらないのか。ホント、大変だ。

職場どころか、家族や友人からも連絡が入らない携帯電話を、バッグの上からの無意識に触れていた。
もし私が、休み明けに退職願いを桧山家具に提出したところで、たぶん誰も困らないのだろう。

そんな虚しさを、カーナビの高い機械音声が散らしてくれた。








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