徹生の部屋
「すぐに戻るので、ちょっと待っていてください」

到着した社員寮のエントランスに横付けされた車から降りる。
寮といっても、会社が数室を借り上げているだけのごく普通のマンションだ。

私の部屋は、単身者用の八帖ほどのワンルーム。バス・トイレは一応別だけど、くつろげるほど広くない。
キッチンなんてお鍋をひとつおいたらいっぱいのシンクと、IHコンロがひと口だけ。凝った料理なんてする気も起きない。

それでも、湾岸エリアにある職場へは乗り換えなしで通える便利な立地。それなりの築年数だけど、ちゃんと借りれば転職二年目の私のお給料では、かなり苦しい生活になるんじゃないのかな。福利厚生が充実している桧山家具様々です。

オートロックを解除しようと家の鍵を取り出していたら、自動車のドアの閉まる音がした。

「どうしたんですか?」

「一緒に行く。荷物持ちが必要だろう?」

「……何泊させる気ですか。それに車が」

「“すぐ”なんだろう?」

徹生さんは私より先に中へと進もうとする。
いちおうマンションの敷地内だから、駐車違反は取られないと思うけど……。
ほら、やっぱり管理人さんが細くガラス戸を開けて睨んでいる。

「すみません。501の井口ですけど、荷物を積んだらすぐに移動するので車を……」

「ご迷惑をおかけしますが、少しの時間、よろしくお願いします」

私の背後から柔らかな声音で挨拶し、にこやかに微笑んでいるのはいったい誰っ!?

「あら、井口さん。そちら彼氏?」

しかめっ面だった管理人さんの表情が途端に和らぐ。声のトーンも、毎朝返ってくる挨拶のそれより1オクターブ高い。

「え? いえ……」

「楓がいつもお世話になります。さあ、邪魔にならないうちに早くしよう」

私の手を握り、開いた自動ドアをくぐってしまった。
そのままエレベーターに乗り、五階で降りる。

ここまでついてきてしまったら仕方がない。

「ここで待っていてくださいね」

再び念を押し、玄関の鍵を開けて一日ぶりの我が家に入った。



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