徹生の部屋
もう一年以上住んでいるのに、たったひと晩帰らなかった自室は、なんだか知らない部屋のように思えた。
とにかく連泊の用意をしなければ。桜王寺邸に滞在できるのは、どんなに長くても夏休みいっぱいが限界だ。
上京したときに使用して以降しまいこんでいたスーツケースを引っ張り出して、数日分の衣類や化粧品、携帯の充電器など、思いつく物を端から詰めていた手が止まる。
ほんの数メートル先にある玄関ドアの開閉音がしたからだ。
「引っ越しでもするつもりか?」
「ああ、やっぱり」というため息を隠して顔を上げた。
「どうして勝手に入ってくるんですか」
「遅いから」
私の非難を簡潔に受け流し、徹生さんは遠慮会釈もなく狭い室内を見回す。
他人がやって来ることなど想定していなかったし、いまは荷造りのまっただ中。散らかった様子を見られたくなかったから外で待っていて欲しかったのだけど、案の定、こちらの事情はまったく無視された。
もういろんなことを諦めて勢いよく蓋を閉める。
「あれはなんだ?」
玄関へとスーツケースを転がしながら横を通り過ぎようとした私の肩に、徹生さんの手が置かれて引き止められた。
振り返って視線の先を辿れば、昨朝起きたときのままに寝具が乱れた――
「なにって、ベッドですが」
「あんな高い位置で寝ているのか」
その通りです。私が使っているのは、狭いスペースを有効活用するためのロフトベッドなのだ。ハシゴを使った上り下りが少し不便だけど、空いたベッド下の空間は収納ケースなどを並べてクローゼット代わりにできる。
食卓にも仕事机にもなるローテーブルに、テレビやパソコン、プリンタなどの家電類。小さいながらも本棚などを置いてしまったら、あとは座る場所しか余らない狭い部屋。
家具店勤務というせめてもの意地で、色だけはホワイトとグリーンで揃えていた。
「慣れれば、それほど面倒ではありませんよ。落っこちたこともないですし」
私の平然とした答えに、徹生さんは嫌そうに顔をしかめる。まあ、その背の高さでは狭いし圧迫感があるだろうし、なによりあんなに寝心地のいいベッドに慣れた彼には耐えられないのだろう。
さらに徹生さんは難しい顔をしたまま奥に進み、レースカーテン、さらには窓も開けて外を眺めた。
「ここを開けたまま寝ているのか? 見てみろ。あそこの非常階段からこの部屋のベランダに飛び移れるぞ」
「隙間が1メートル以上ありますよ? そんな危ないことをする人なんて……」
「いないとは言い切れない」
厳しい口調と表情が現実味を帯びていて、蒸し暑い室内で腕に鳥肌がたつ。
「わかったら、もう少し危機管理意識を持て」
しっかり戸締まりとオリーブグリーンの遮光カーテンまで閉めた徹生さんに、無言の頷きしか返せなかった。
とにかく連泊の用意をしなければ。桜王寺邸に滞在できるのは、どんなに長くても夏休みいっぱいが限界だ。
上京したときに使用して以降しまいこんでいたスーツケースを引っ張り出して、数日分の衣類や化粧品、携帯の充電器など、思いつく物を端から詰めていた手が止まる。
ほんの数メートル先にある玄関ドアの開閉音がしたからだ。
「引っ越しでもするつもりか?」
「ああ、やっぱり」というため息を隠して顔を上げた。
「どうして勝手に入ってくるんですか」
「遅いから」
私の非難を簡潔に受け流し、徹生さんは遠慮会釈もなく狭い室内を見回す。
他人がやって来ることなど想定していなかったし、いまは荷造りのまっただ中。散らかった様子を見られたくなかったから外で待っていて欲しかったのだけど、案の定、こちらの事情はまったく無視された。
もういろんなことを諦めて勢いよく蓋を閉める。
「あれはなんだ?」
玄関へとスーツケースを転がしながら横を通り過ぎようとした私の肩に、徹生さんの手が置かれて引き止められた。
振り返って視線の先を辿れば、昨朝起きたときのままに寝具が乱れた――
「なにって、ベッドですが」
「あんな高い位置で寝ているのか」
その通りです。私が使っているのは、狭いスペースを有効活用するためのロフトベッドなのだ。ハシゴを使った上り下りが少し不便だけど、空いたベッド下の空間は収納ケースなどを並べてクローゼット代わりにできる。
食卓にも仕事机にもなるローテーブルに、テレビやパソコン、プリンタなどの家電類。小さいながらも本棚などを置いてしまったら、あとは座る場所しか余らない狭い部屋。
家具店勤務というせめてもの意地で、色だけはホワイトとグリーンで揃えていた。
「慣れれば、それほど面倒ではありませんよ。落っこちたこともないですし」
私の平然とした答えに、徹生さんは嫌そうに顔をしかめる。まあ、その背の高さでは狭いし圧迫感があるだろうし、なによりあんなに寝心地のいいベッドに慣れた彼には耐えられないのだろう。
さらに徹生さんは難しい顔をしたまま奥に進み、レースカーテン、さらには窓も開けて外を眺めた。
「ここを開けたまま寝ているのか? 見てみろ。あそこの非常階段からこの部屋のベランダに飛び移れるぞ」
「隙間が1メートル以上ありますよ? そんな危ないことをする人なんて……」
「いないとは言い切れない」
厳しい口調と表情が現実味を帯びていて、蒸し暑い室内で腕に鳥肌がたつ。
「わかったら、もう少し危機管理意識を持て」
しっかり戸締まりとオリーブグリーンの遮光カーテンまで閉めた徹生さんに、無言の頷きしか返せなかった。