徹生の部屋
やっぱりお鍋のイメージって冬だよね。夏の鍋か……。

「ひとりだとなかなか食べる機会もないからな」

「そういえば、私もこっちに来てから食べてないですね」

最近はひとり用の土鍋や鍋の素なんてものも流行ってるけど、なんとなくみんなで囲んで食べたいと思ってしまう。

よし。ふたりだけだけど、今夜は鍋にしよう!

「じゃあ、辛いのとかがいいですか? キムチ鍋とかカレー鍋とか」

「ああ、キムチはいいな。酒が進む」

私の提案で、徹生さんの目元が柔らかくなる。
どれだけお酒が好きなんだ。

その後は必要な食材を探してふたりで店内を巡る。
予想に反して、徹生さんは庶民の味方のスーパーにも馴染んでいた。

「桜王寺さまもスーパーなんて来るんですね」

「必要ならスーパーだろうがファミレスだろうが、利用するのは当然だろう? 楓は俺をなんだと思ってるんだ」

「なにって、御曹司、さま?」

ピクリと、彼の書道家がひと筆で書きあげたような眉の片方が跳ねる。
お客さまとして神様扱いを要求してきたかと思えば、こちらはNGらしい。追加で、俺様とかおぼっちゃまなどとは、とても口にできそうにない。

「バカにしているのか? ……しかしまあ、あながち間違いでもない」

前言撤回! 精肉コーナーで物憂げに腕を組む姿は、やっぱりちぐはぐだ。

「曾祖母の実家は武家だったが、桜王寺家は先祖を遡れば公家だからな。それも今となってはやたら長い家系図があるだけで、普通の家と変わりはないが」

そういいながら、無造作にポイと放り込まれた牛肉の値段を見て驚いた。
慌ててそれを丁重にお返しする。

「こんな高いお肉、買いません! それにキムチ鍋には豚肉です‼」

「そうだったか? そうかこれは高いのか」

真顔でほかのお肉と見比べている様子にため息が出た。
無意識に高級牛肉を選んじゃうところとか、やっぱり庶民とは感覚が違うと思う。

ここにこれ以上いるのは危険だ。私は素早く、いつもよりは少し高めの豚肉を選んで、重たくなったカートを押した。
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