徹生の部屋
懸命に辿ろうとしても、この部屋を出てひとりでベッドに潜ったあとから朝の空色を見るまでの記憶はない。

ギュッと引き寄せた膝におでこを乗せて考えていた。

「なにをしているんだ」

ゆるりと上げた目が、小脇にクッションをふたつとタブレットなどを抱えた徹生さんを捉える。

「戻ってきたんですか?」

「そんなところに座っていたら、尻が痛くなるぞ」

クッションをひとつ投げて寄越された。ふわんと飛んできたそれを両手でキャッチする。これはたしか、リビングのソファにあったものだ。

つかつかと近づいてきた徹生さんは私の隣にもうひとつのクッションを落とし、そこに腰を下ろす。
床に小さなボイスレコーダーを置くと、あぐらをかいた背中を壁に預けた。

「最悪、ふたりとも眠ってしまったとしても、なにかの役に立つかもしれないからな」

「……ありがとうございます」

そうだ。こういう便利なものがあるのだから、なにも私が泊まりこまなくてもいいのではないか。わき上がってきた不審を振り払う。
もし音を拾えたとしても器械を通して聞く音と、実際に耳で聞くのでは違うかもしれない。

それに、姫華さんが困っているのは音の問題だけじゃなかった。

リフォームが終わったばかりだという部屋を見回し鼻をひくつかせてみたけれど、シックハウス症候群の原因となりそうな化学的な匂いはしない。
珪藻土の壁が吸い取ってくれているのだろうか。

「桜王寺さま。姫華さんはなにかアレルギーをおもちですか?」

ちなみに私は、杉と桧の花粉、それから軽いハウスダスがある。

しかしタブレットを操作している彼に問いかけても返事はない。

「桜王寺さま?」

再度の問いかけに指先は停止したけれど、やっぱり無視。
これはもしかして……。

「ええっと、徹生さん?」

「俺の知る限りでは聞いたことがないな。まあ、アレルギーは突然罹るものもあるらしいから、なんともいえないが」

ようやく得られた不確かな答えより、妙なところにこだわる彼に脱力した。

彼女の体調のことは、本人に尋ねたほうが確かだろう。
原因がこの部屋とはまったく関係ない場合も、大いにあり得るし。

まずは、問題の音を実際に聞いてみることが先決だ。

どのくらいの大きさなのかもわからないから、ただひたすらに息を潜めて、耳をそばだてていた。









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