徹生の部屋
「重たくないですか?」

おんぶなんて、いつが最後だったかも覚えていない。彼の体温が背中から伝わってきて、反対に私の鼓動が聞こえてしまいそうで、この上なく恥ずかしい。

「人間を背負っているんだ。重いに決まってる」

「……やっぱり降ります」

「しつこい」

そんなやり取りを繰り返しているうちに、私たちは門を越えて玄関に辿り着く。

花火はまだ続いていて、ちょうど屋敷の正面に大きな柳があがったところだった。
キラキラと海面に星屑のような残滓が降り注ぐ。

それが消え去る前に、もう次々と新たな花が開き、空いっぱいに光のブーケが創られる。

ここが徹生さんの背中だということを忘れて……違うな。

花火みたいにたった一瞬でも構わない。この人と同じ目の高さで、同じ景色を見ていたくって。

抱えきれない、決して手が届くことのない大きく美しい高嶺の花を眺めていた。


「あ、いまのってネコですよね」

「ネズミじゃないのか?」

そっかあ。ネズミか。

下の方に描かれた地味なオレンジの点線は、その形をよーく確認する前に消えてしまった。

「ありがとうございました。もう、降ろしてください」

そう頼んだのに、徹生さんは玄関で私の足から下駄を落とすように脱がせ、真っ直ぐにお風呂場を目指す。

私がやっと彼の背中から降ろされた場所は、バスタブの縁だった。

「足!」

シャワーヘッドを持ち頭上から尊大に言われ、わけがわからず「はい?」と首をひねる。
その態度にイラッとしたのか徹生さんは小さく舌打ちしたあと、私の足元にしゃがんで浴衣の裾をまくり上げた。

「きゃあ! なにするんですかっ!?」

「洗うんだろっ、足を!! 初対面で半裸を見せておいて、いまさら足くらいなんだっていうんだ」

そういう問題じゃないのに、無防備に晒された素足には極々ぬるいシャワーがかけられる。
砂とか汗とか、まとわりついていたものがさっぱりと洗い流されると、足の甲には赤い鼻緒の痕が残されていた。



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