徹生の部屋
「けっこう痛そうだな」

徹生さんは眉をひそめ、赤い線ギリギリの場所を指でなぞる。
鋭くなった足先の感覚は、くすぐったさだけじゃないものまでもを捉え、堪らず足を引いてしまった。

「やめてくださいっ!」

「悪い、痛かったか」

謝られてしまって、小さく首を横に振る。痛みを感じたのは足じゃない。もっと違う、別の場所。

「大丈夫そうなら、上にこい」

徹生さんは先にバスルームを出て、脱衣所からタオルを放り投げていった。

ついた水滴を吸い取るようにして、足にタオルを押し当てる。見た目ほどは痛くない。なにかが触れたりしなければ大丈夫だろう。

右も左も同じように赤くなっているはずなのに、彼が触れた左足の甲からだけ、熱を持っているみたいにドクンドクンと強い脈を感じていた。


傷にぶつからないようスリッパの甲部分に気をつけながら、そろりそろりと階段を登る。真っ直ぐに続く廊下に、徹生さんの部屋の細く開いたドアから音と光が漏れていた。

わざわざノックするのは躊躇われたので、隙間から顔を覗かせ声をかけてみる。

「徹生さん?」

「ああ、こっちだ」

声がしたのは、照明が絞られた室内で揺れる青いカーテンの向こう側からだった。
床まで届く両開きの窓を大きく開け放ったバルコニーに立つ徹生さんは、海上から打ち上げられている花火を眺めていた。

「わあ! ここからのほうが、もっとよく見えますね」

地上で見たときよりいっそう広くなった視界からは、三台の台船から上がる花火の全体が見渡せる。
終盤にさしかかっているのか、上空には絶え間なく炎の花が咲き続けていた。

「お疲れ」

頬にヒヤッとした硬質のものがあてられる。

「お酒は……」

「一本くらい付き合え」

初日の失敗以降禁酒をしている私に徹生さんはビールの缶を渡して、コツンと勝手に乾杯をしてしまった。

おつまみ兼夕飯は、持ち出した椅子の上にのせた粉物たち。冷めてしまっていたけれど十分美味しく、ビールの誘惑を拒めない。

バルコニーの手摺りに肘を乗せ、花火鑑賞をしながらちびちびと缶を傾けていた。







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