徹生の部屋
でも彼がこの縁談を壊そうとしたのは、ほかの理由もあったからだろう。むしろ、そちらのほうが大きいのじゃないかな。

「それと、楢橋さんの気持ちを知っていたから。違いますか?」

彼は「正解」という代わりに缶を掲げてみせた。

「基紀の家は、県内でもそこそこ大きな不動産屋だった。だが俺たちが中学のときに倒産して、多額の借金を負ったらしい。学校も公立に転校して、さらに引っ越ししてしまったから、ずいぶんと長い間音信不通で、どこでなにをしているのかも不明。それが五年ほど前、自分の秘書にするからと、寿美礼がどこかからみつけて連れてきたんだ。聞いた話によると、早くに両親も亡くなって大変だったみたいだな」

あの穏やかな笑みの下に、そんな苦労があったなんて想像もできなかった。いや、苦労したからこそ、なのかもしれない。
寿美礼さんへの告白を決意した楢橋さんの瞳に宿っていた、強い光を思い出す。

「お話は上手くいったでしょうか」

「さあ、どうかな」

素っ気ない徹生さんの口元は、答えを知っているかのように柔らかく笑んでいた。

「徹生さんは……」

徹生さんの想いはどうだったのだろう。

男の子ふたりと女の子ひとりの仲良し三人組。かわいい女の子を巡る、親友同士の葛藤。これだって、よくある少女マンガのストーリー。

だけど、それが確認できたところで身を引いた彼の気持ちは変わることはないだろうし、私には関係のないこと。

言葉の続きを催促するように、俯いていた顔を覗き込まれ、強張る頬を無理矢理上げる。

「徹生さんが私をこのお屋敷に留まらせていたのは、町中に恋人がいると嘘の噂を広めるためだったんですね」

「楓。それは……」

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