公爵様の最愛なる悪役花嫁~旦那様の溺愛から逃げられません~
初老の貴族が、ジロリと目を眇めて私に問う。
「母親か? それにしては随分と若く、身なりがよいな」
「母親じゃないけど、あなたに意見したくて出てきたの。こんな小さな子を相手に大人気ないわ。もう許してあげて」
「お前も口の利き方がなっとらんようだな。
娘、見かけぬ顔だが、どこの家の者だ? お前の主人にも注意を与えねばならんようだ」
顎髭を撫でつつそう言った貴族は、その手を腰へ移動させる。
私に恐怖を与えようとするかのように、剣の柄を弄び始めた。
背中に冷や汗が流れ落ちたのは、剣の脅しに屈したからではなく、その目付き。
なんて冷たい目ができる男なのだろう……。
子供を叱りつけていたときの方がまだマシだった。
今は静かで冷酷な怒りを、私にぶつけてくる。
この人が誰かは知らないが、本気で怒らせてはいけない相手なのだということだけは感じ取っていた。
それでも私には、逃げ出すという選択肢はない。
後ろに少年がしがみついているので、足を引くこともできずに、殺気のこもる視線にじっと耐えていた。