公爵様の最愛なる悪役花嫁~旦那様の溺愛から逃げられません~
そのシーンで第一幕は終了し、役者は一旦舞台を降りた。
それと同時に広間の扉が開いた音がして、振り向けばアクベス侯爵が入ってくるところだった。
ワインレッドの上着に、ジャボットに留められているのは黒ダイヤ。
肩までの茶色の髪に混じる白髪は、老いというより貫禄を醸し出している。
口髭を生やし、長身で恰幅のよい彼は、私に視線を止めてはいないが、こっちに向かって歩いていた。
途端に私の中に緊張が走る。
どうしたらいいかしら……。
ジェイル様を探せば、玉突きの集団に交ざっていて、遊びながらもアクベス侯爵の行動を監視している様子。
私に危険が迫っていると判断したなら、彼は玉突きを中断して侯爵に声をかけにくるはずだ。
そうしないということは、ジェイル様はこの状況に危険はないと判断していることになる。
それで私も心をいくらか落ち着かせ、椅子を立って逃げることはせずに、ただ前を向いてじっとしていた。