公爵様の最愛なる悪役花嫁~旦那様の溺愛から逃げられません~
「よく泣く女だ」
「失礼ね。滅多にないことよ。母が亡くなってからは、二度しか泣いたことがないわ」
「そうか。クレアの貴重な涙を拭いた男は俺だけということか。光栄だな」
微笑んで文句と皮肉を言い合える、この時間がとても愛しい。
麗しくも男らしい顔立ちも、バラの香りも、黒い上着や襟元のピジョンブラッドのブローチも、彼に関するすべてが愛しい。
最初は私を利用してやろうと目論んでいたその腹黒ささえ、今は愛していた。
想いは溢れて、自然と言葉となり、口からこぼれ落ちる。
「あなたを、とても愛しているわ……」
片眉を僅かに上げて、意表を突かれたような顔をした彼は、両腕を私の体に回して、そっと抱き寄せる。
耳元に唇を寄せ、落ち着いた低い声で、「それでもお前はゴラスに帰るのだろう?」と問いかけてきた。
「ええ。帰るわ」
切なさや愛しさを断ち切るように、キッパリと答えると、「その方がいい」と、以前の彼とは違う返事をされた。
私の利用価値は、辺境伯の娘であるという一点のみ。
かつて求婚された理由のすべてもそこにあり、辺境伯領を取り戻す気のない私は、最早彼にとって不必要な存在なのだ。
それを分かっていながらも、「もう妻になれとは言わないのね……」と寂しげに呟けば、予想外の言葉が返ってきた。