公爵様の最愛なる悪役花嫁~旦那様の溺愛から逃げられません~
「ちょっと待ってよ!」
玄関アプローチの前には馬車の車体が止められて、ジェイル様はその中にいる。
それなのに私はぐいぐいと問答無用で手首を引っ張られ、玄関ドアから三歩、四歩と、引きずられるように離されていた。
顔だけ振り向くと、御者が馬車の扉を開けていて、降りようとしているジェイル様の黒いブーツの爪先と右手が見える。
「さっさと歩け」と執事が引っ張る力を強めるから、私は「ジェイル様!」と叫ぶように声をあげた。
その声に即座に反応し、馬車の扉の陰から御者を押しのけるようにして飛び出してきたのは、見目麗しき貴公子。
ダークブラウンの髪は、半年前より少し伸びただろうか。
前髪が琥珀色の瞳にかかり、後ろ髪は襟足だけが肩についているようだ。
記憶にある最後の彼の顔は、ひどく疲れきっていたが、今は元通りの健康そうな肌艶をしていて、そのことに安堵する。
着ているのはいつもの黒の丈長の上着で、襟のジャボットには彼愛用のピジョンブラッドのブローチが、情熱的に輝いていた。