公爵様の最愛なる悪役花嫁~旦那様の溺愛から逃げられません~
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朝の五時だというのに、夏の太陽は眩しいほどに照りつけて、小鳥たちは庭の梢の葉の陰で盛んに囀り合っている。
書庫の開け放した窓からは、夜の涼しさをいくらか残した風が入ってきて、隣に座る見目麗しい男の前髪を揺らしていた。
「ここは覚えておけ。古代の英雄の歴史は、貴族たちの好物だ。会話の中で上がることもある。それと、ここの……おい、クレア。聞いているのか?」
右隣から問いかけられて、ハッとする。
窓からの涼風がジェイル様の香りを私に届けるから、つい気持ちよくなっていたのだ。
彼の美しい面立ちはすっかり見慣れたが、纏う香りにはいつも心惹かれるものがある。
どうして彼は、いつもバラの香りがするのだろう?
王都には香り成分を抽出する技術があって、瓶に入れたバラの香りを振りかけているということかしら?
ゴラスには、そんな商品はない。
いや、高級店の棚にはあったのかもしれないが、庶民には無縁のもので、私はこれまでに見たことがなかった。
朝の勉強中、うっかり素敵な香りに気を取られてしまった私だが、決して話を聞いていなかったわけではないし、今彼が本を指さして『覚えておけ』と言った箇所も丸暗記してある。
隣から非難めいた目で見られ、「聞いてたわよ」と私は急いで口答えをした。