イジワル部長と仮りそめ恋人契約
お兄ちゃんがお店を出ていく。その姿が窓越しにも見えなくなったところで、空木さんがギロリと私を睨みつけた。



「……オイ。話が違うじゃねぇか」

「うう……っ」



さっきまでとはまるで別人な、地を這うような低い声。

最後の質問に答えたときの甘い声とは、えらいギャップだ。今にも泣き出しそうになりながら、私はひとまず彼の右隣へと戻る。

どうしよう。お兄ちゃんを納得させれば、それで終わりだと思ってたのに。

まさか最初から、おじいちゃんが私と“彼氏”を呼び寄せるつもりだったなんて……。



「というか何、あんた自分のじーさんにお見合いさせられそうになってるのか? それで断る口実にいもしない彼氏の存在をでっち上げたら、『それなら証拠を見せてみろ』とでも言われたとか?」



さっきまでのやり取りで、私が最初に言った『のっぴきならない事情』はあらかた把握されてしまったらしい。

まるで当時の修羅場を見ていたかのようにすらすらと言い当てられ、まさに私はぐうの音も出ない状態。

さすが大手商社に勤める主任殿。状況把握能力素晴らしいです。



「え、えと、実はですね──」



とりあえず私は、一応今日の茶番に至るまでの経緯をかいつまんで説明する。

孫の中で唯一の女だった私を、父方の祖父が昔から溺愛していること。数ヶ月前、その祖父が人間ドックに引っかかって検査入院になり、『もしかしたら不治の病かもしれない』と本人がひどく参っていたこと。

結局その後の精密検査で異状は見つからなかったものの、それがキッカケで早く私の旦那さんになる人と子どもが見たいと口うるさくなったこと。

そしてとうとう、いつまでも男っ気のない私に業を煮やし、自らお見合いをセッティングすると言い出したこと。

あとはもう、空木さんがお察しの通りだ。



「はぁ、あるとこにはあるんだな、そんな話……けどあんたな、偽彼氏仕立てようってんなら、それなりに設定とか自分でいろいろ考えとけよ。馴れ初めとか付き合ってる期間とかその他諸々。なんで俺が全部答えてんだよ」

「お、おっしゃる通りです……」



呆れまじりの眼差しで責められ、ますます体を縮こまらせる私。

あれ、しかもお兄ちゃん来る前までは私のこと『きみ』って言ってたよね? いつの間にやら『あんた』に降格?
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