俺はお前がいいんだよ

「そうだ。いいとこ連れてってやる」

「いいとこ?」


痛むおでこを押さえながら見上げると、にやりと笑った彼は、急にタクシーを止めた。


「へっ? 桶川さん、タクシー代なんて経理で通りませんよ、きっと」

「貧乏くさいことばっかり言うなよ。いいじゃん。お前の転職祝いにおごってやるよ」

「転職祝いならこの間職場のみんなにしてもらいました」

「あんな居酒屋よりうまい店に連れて行ってやるよ」


どこに行こうというのだ。
タクシーの奥に私を押し込め、桶川さんは運転手さんに行先を説明し始めた。地図の読めない女なのでいまいち位置関係は分からないんだけど、『ミヤマ』という言葉が入っていたのは確認した。社長んち? まさかね?

更に桶川さんは電話をし始める。「あ、女将? オレオレ。え? 詐欺じゃないよ。桶川です」なんて軽い調子。そのトークで電話がかかってきたら、私は絶対詐欺認定します。


と、十分ほど走ってタクシーが止まったのは、ビル街の一角だ。少し奥に入ると、この場には不釣り合いな日本庭園のある料亭が現れた。


「いらっしゃいませ」


迎えに出てきてくれたのは、落ちついた薄緑の着物の女性だ。結い上げた髪は清潔感があり、笑顔がまぶしい美人さん。


「急で申し訳ないね。ふたり」

「先ほどはお電話どうも。いつも貴誠がお世話になって」

「うん。お世話してる。だからサービスしてね」

「ふふ。相変わらずで。で、こちらは?」

「高井戸さん。うちの中途入社社員だから、よろしく。高井戸、こちら女将さん。深山のお母さんだから」

「へっ」


私は目をぱちくりさせた。だって、この人桶川さんと並んでいても、ちょっと年上だけどお似合いって思えるくらいだよ?
深山社長って三十一歳だったはず。そんな大きな子供いるようにはとてもとても見えない。

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