俺はお前がいいんだよ
一度給湯室に行き、深呼吸してから戻って座っている桶川さんの後ろに立つ。
椅子に座ってくれてるときじゃなきゃ桶川さんのつむじを見るタイミングなんかないから、なんか新鮮。
つむじをつつきたい衝動を抑え、耳もとに小さく告げる。
「ありがとうございました」
と、彼は驚いたように体を震わせた。少し頬を染めて、耳を押さえて私を見上げる。
「お前、耳に息吹きかけんな」
「やらしい言い方しないでくださいよ! もう、せっかくお礼を言う気になったのに」
「なんでお前はそう偉そうなんだ」
頭をぐしゃぐしゃとかきむしりながら、ちらりと背後を気にしたかと思ったら、手を伸ばして私の頭を撫でた。
上から見ると、桶川さんってまつ毛長い。それが勝手に上向きになってて、女の人だったら絶対美人さんだよっていう顔だ。
ずるいなぁ、イケメンは。
あまりに綺麗で見入ってしまう。
ぼうっとして見つめていたら、彼の手に力がこもる。引き寄せられ、よろけた瞬間、ここが会社だったことを思い出して踏みとどまる。
「ち、縮むから押さないでください!」
「なっ、押してるわけじゃねぇよ。ぼーっとしてるから心配してやっただけだ、バーカ」
「会社でバーカとかいう社会人見たことないですよ」
「うるせぇな。ちなみにここ! 誤字があるぞ直せよ」
「うわああ、痛恨のうっかりミス!」
いつもの空気に戻って、ほっとした。
なんか一瞬、周りの音も消えたよ。イケメンの眼光、危険すぎる。
落ちつくのよ、私。
桶川さんは私のことをからかって楽しんでいるだけなんだから。
イケメンは見て楽しむものだもん。見てるだけで満足してればいいのよ、私。