俺はお前がいいんだよ
「降ろして、降ろしてよー。桶川さん」
「うるせぇ。じっとしてろ。大体さ、なんであいつがこの場所を知ってるんだよ。お前、もしかして昼にアイツに会ったのか?」
凄みの利いた声で言われて、私はたじろぎつつ頷いた。
「馬鹿、なんで言わねぇんだよ。だから様子がおかしかったのか」
「だって。……言えないです。昔ストーカーされてた人に会っただなんて。桶川さんが知ってたなんて思わなかったし。もしかして社長が私を拾ってくれたのって、部長から頼まれたからだったんですか」
「そんな理由で人を雇うかよ。部長さんは、被害に遭っている女子社員……つまりお前だな、を守るのに有効な方法はないかって相談してきただけだよ。俺がお前を欲しかっただけで、深山は俺に逆らえないだけ」
「だってあの時会ったばかりじゃないですか。そんな理由で転職を引き受けるほうがおかしいでしょ?」
エレベータがついても、会話は終わらない。桶川さんは不審がる亀田さんをはじめとした社員を睨んで黙らせたかと思うと、私を抱きかかえたまま会議室へと直行した。
ようやく降ろされて、壁に背中をつく。……と、彼は私が逃げ出さないように壁に手をついて見下ろしてくる。
「部長さんからは、資料作りがうまい有能な社員が困ったことになっているっていう情報を貰っていたし。社長に『私を雇う気ありませんか』、なんて聞いてくる度胸も買いだと思った」
その度胸は買われるところだったのか。
桶川さんは私の頬を触って上を向かせる。やばい、そんな色っぽい目で見ないでよ。私の気がおかしくなっちゃう。
「なにより、小さくて可愛いなって、思ったらもう十分だろ」
「……十分ってなんですか」
「だから。……惚れるのに、だよ。お前分かって聞いてるな?」
「分かりませんよ。だってそんなのあり得ない。私なんてチビだし、顔も普通だし、仕事だってちょっとのことで失敗しちゃうような根性なしで」