Marriage Knot

「副社長の、頼み……」

私は観念した。今の職場には満足しているし、せっかく新卒の特権を駆使して入社できた企業だ。そして、なにより……あこがれの副社長のそばに、もっといたい。

「わかりました。私にできることならなんでも」

「では、僕にクロシェ(かぎ針編み)レッスンをお願いします」

私は驚きのあまり声を上げそうになった。それを敏感に察した副社長が、笑顔で唇の前に指を立てる。

「私なんかが、レッスンだなんて……」

「僕は、あなたの作品にほれ込んだのです。それはもちろん、お金を出せば職人的なテクニカルなことは学べる。だが、ハンドメイドというジャンルに僕は興味を持っています。手編みで作られたニットタイ……あなたの作品をネットで見つけてから、僕はどうしても手に入れたかった。あなたの、編み物……クロシェへの心意気を感じました。それは、僕のニッティングへの思いと似ている。だが、僕は手がきつくてクロシェには向かないと留学先の英国で言われてしまった。それでも、その繊細さを自分で編むことを諦められなかった。だから、僕のほれ込んだ作風でクロシェの高い技術を持つあなたに、レッスンしていただきたい。お願いできますか?」

副社長の目は、少しだけうるんでいるように見えたが、それも少しの間だけ、すぐに彼はエリートらしい自信にあふれた笑顔に戻った。

「……わかりました。」

「それはよかった」
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